昨年の10月にMUSON MC2を常時給電用ケースに入れて連続撮影したら内部結露が発生し、10分くらいで画面の左側(USB端子側)に黒く隈取りができてしまいました。
その時は電源入れっぱなしで録っていたというのもありますが、10分、20分くらいなら録りっぱなしということも良くあることなので、結露対策をすることにしました。
その対策は常時給電用ケースに「cotta シート乾燥剤」をカメラと一緒に入れます。
「cotta シート乾燥剤」は個包装のせんべいやケーキなどのお菓子と一緒に封入して湿気らないようにするための防湿乾燥剤シートです。
実測0.3mmの厚さで、見た目は両面をフィルムでラミネートしたしっかりとした厚紙です。
シリカゲルのように厚みがないのでケースの隙間に挟むことができます。
用途に応じて複数のサイズがあるようですが、手に入れたのは4×5cmのもの。100枚入りなのでたっぷり使えます。
ただその分長期保管になるので、保存にはシートの入っていたチャック付きプラ袋をさらにジップロックのような袋に入れ、お菓子に入っていたシリカゲルなどを入れています。
使用目安として「お菓子の重さ(g)/1.5 = シート乾燥剤の面積(平方cm)」というスペックですが、ケースとカメラの隙間スペース的に挿入できる限度の大きさかなと思います。
最初は単純にレンズの視界を妨げない寸法で折り曲げ、カメラ前方から底部の隙間にシートを挿入しました。
これでちゃんと入れることができるのですが、カメラが隙間なくケースと密着するため、カメラを抜くときに難儀します。
それで現在はシートをハサミで分割して入れることにしています。
まずシートを半分に切断し、一方をレンズの分を逃げるようにカットします。
半分にしたシートをカメラ底部に、もう一方をカメラ前部に配置し、カメラを入れます。
シートの切れ端はカメラ上部などの隙間に入れれば無駄がありません。
シートを折り曲げて入れるより密着せず、カメラをケースから簡単に取り出すことができます。
この写真は昨年の10月9日に撮影した時のもので、画面左側に隈取りができています。
こちらの写真は先日3月3日にサイクリングしたときのものです。隈取りは完全になくなっていませんが随分マシです。
温度や湿度、季節や時刻によって環境が一定でないため比較しにくいのですが、シートを昨年11月から使ってきて、防湿シートなしのときみたいな酷いことにはなっていないし、大体同じような結果になっているので、一応の効果があるんじゃないかな。
USB端子側へはシートを挟む余裕がないし、これ以上の対策はネイキッドフレーム+レンズカバーしかないかも知れません。
御前崎市のあらさわふる里公園へ2月に行ったときは、早過ぎてあんまり梅が咲いていませんでした。
そのリベンジではないですが、3月3日(土)に再びあらさわふる里公園へサイクリングに行ってきました。
同じルートを走っても変わり映えしないので、あらさわふる里公園へ至る道を新たに開拓し、さらにそのあと御前崎へも回ってくることにしました。
御前崎へ行くのも須々木あたりの太平洋岸自転車道へ出る道で、ここも初めて通る道です。
県道69号は新野原の交差点までずっと登りで、ギアを使い果たしもう後がなくなります。
山を抜け写真のような開けた場所に出でて、たまに通るクルマが通り過ぎると聞こえるのは風の音だけ。心洗われるような気持ちと同時に「何でこんなことしているのかな」という気持ちになります。
途中の登坂路は鬱蒼とした山の中ですが、山の頂上は開けた集落があり、ちょっと意外な感じ。思い直してみれば一番てっぺんは牧之原台地なので、「ああ、そうか」といった感じなのです。
新野原の交差点を右折し、しばらく茶畑の間を走ると「あらさわふる里公園」の看板があり下り坂が始まります。公園まではずっと下りなのであっという間に到着しました。
この日はお客さんが多く駐車場もいっぱい。いままでに2度公園に来ましたが、初めて駐車場整理の誘導員を見ました。
いつも自転車を駐める場所もクルマでふさがっていたので、駐車場整理のおじさんに許可を貰ってこの場所に駐輪しました。
まず梅園へ直行。前回来たよりもいっぱい梅が咲いています。
梅園の下にある桜並木もピンクの桜が咲いていました。
「あらさわ紅桜」という桜のようで、蕾もまだたくさん付いていました。
天気が良いので上の展望台にも登っている人が多く見かけました。僕はこれからまだ行くところがあったのでパスです。
前回と同じたい焼き屋さんが店を出していたのでまた買いました。今回は前よりちょっと餡子が少ないような。
あらさわふる里公園を後にして、県道239号を目指して南下します。この道もしばらくは上り坂。ここでもギアを使い果たしました。
南遠道路の須々木ICを過ぎると駿河湾の海が見えてきました。気持ち良い景色です。
しばらく進むと交差する太平洋岸自転車道に入ります。
駿遠線の「地頭方」駅跡でお約束の記念写真。
御前崎のなぶら市場に着いたときはすでに2時半を回っていました。あんなに晴れていたのに空が曇りはじめ、風も強く冷たくなっていました。
あんまりぐずぐずしていると帰宅時間が遅くなりそうなので早々に出発。
途中道路工事でルート変更を余儀なくされたりしましたが、5時を回ったところで家に到着。終盤は久し振りに前後ライトを点灯するくらい遅くなってしまいました。
この日のサイクリングでは目的地に滞在するたびにV650の記録を終了し電源を落としました。そのお陰でGPSが誤作動するトラブルはありませんでした。
また、このところHDR-AS100Vがいつの間にか電源が落ちていることがあったのですが、どうも外部給電ケーブルの接触不良が原因のような感じです。ケーブルの差し込みが甘いようなのでケーブルを取り替えることにしました。
迷走距離:77.71km Av:16.83km/h
2018年3月4日 園芸
パイナップル栽培 その23
昨年の11月から屋内で越冬しているパイナップル。
屋内に入れたときは、まだまだ青々としていた1号。
今ではすっかりオレンジ色に変化してきました。
スナックパインは春から初夏にかけてスーパーなどに出回るようですから、あと2、3ヵ月で食べられるようになるのかしら。楽しみです。
今年の5月17日でももいろクローバーZは結成10周年を迎えます。それを記念して5月23日(水)にライブが開催されます。しかも、今まで一度もライブを行わなかった“東京ドーム”でです。
これは是非参戦しなければとFC先行チケットを申し込んだら、今日メールで無事第1希望の着席指定席が当選したと通知がありました。
東京ドームなどのアリーナの場合、場所によっては人の頭でステージはおろかモニターさえも見えないことがあります。以前西武ドームのFCライブへ行ったときは音響も良くなくて同じ空気を吸っているだけになってしまったことがありました。
なので、今回は2階スタンド席の前方に用意されるという着席指定席を第1希望にし、押さえで第2希望に指摘席で申し込みました。
振り返ると、昨年はももクロのライブをすべて干してしまい、現場は一昨年のナゴヤドーム以来、LV参戦さえ「ももたまい婚」が最後。メンバーも4人になったりいろいろ作法にも変化があるでしょうから、その辺がちょっと心配です。
このライブは週ど真ん中の平日に開催されるため、勤め人の娘たちは都合がつかないようでぼっち参戦ですが、宿泊ホテルも予約完了し準備万端。
久々のライブとせっかくの関東旅行ですから、2日目の予定を思案中です。
「見付天神 矢奈比賣神社」をあとにして、少し西へ移動するとすぐに「旧見付学校」に到着します。
「旧見付学校」は、1873年(明治6年)に開校した学校で、時代によって高等小学校、尋常高等小学校、国民学校と変遷。
この校舎は1875年(明治8年)から1922年(大正11年)まで使用された、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎だそうです。
係の人から言われここへここへ置いたのですが、「自立できない自転車は使ってください」と書いてありましたが、ちょっとロードバイクには辛いものがあります。
普通のサドルでぶら下げる式のサイクルスタンドの方がうれしいです。
校舎は5階建てですが、4階と5階は塔屋です。
入場は無料ですが、まず校舎前にある管理事務所で受付する必要があります。
受付といっても市内、県外、県内と別れた表に住所地(市名のみ)と来館人数を記入するだけです。
校舎内は土足厳禁で、スリッパに履き替え右側の入口から入ります。脱いだ靴は入り口前のスノコの周辺に置きっぱです。
履き替え用のスリッパの下足箱。
館内撮影は自由であると掲示されていました。
入口から右奥の教室に入ると、いきなりリアルな人形が登場しギョッとします。
机の上には教科書とノート代わりの黒板が置かれていました。
順路を進むと右手に屋外に通じる出口があり、すぐ近くにトイレがあるのですが、さらにその先に「磐田文庫」の蔵のような建物がありました。
校舎とこの「磐田文庫」は、ともに国の史跡に指定されているそうです。
校舎内には「磐田文庫もご覧ください。というような掲示があったのですが、多分気付かずに素通りする人が多いのかなと思いました。
校舎1階をさらに進むと、入口の左側にあったもう一方の出入り口にある職員室に来ます。
妙にリアルなおじさんが暗がりにいるのでビビります。
職員室前の階段で2階に上がります。
急な階段と思ったのですがまだマシで、さらに上に進むとより傾斜がハンパなくなっていきます。
教材のそろばん。
1936年(昭和11年)製のヤマハオルガン。
「やさしく弾いてください」と書かれていたので弾いてみました。足踏みペダルを踏んでいないと音が出ないのですが、音を出し続けるのが、これが意外と難しい。
謄写版印刷のコーナー。むかし高校生の頃によくカリカリやってました。
遊び道具のコーナーにはおはじきや羽子板、カルタなどを展示。
自由に手にとって遊べるコーナーもありました。
電気蓄音機がありました。
三橋美智也さんの「母恋吹雪」のレコードが置かれていました。
LPサイズなので78回転のSP盤でしょうか?
「少年世界」や「幼年倶楽部」などの雑誌コーナー。
さらに3階へ上がります。ちょっと階段が急になりました。
「手回し扇風機」というのもあるんですね。
部屋の中央には昔の農機具コーナーです。
頭を擦りそうなハシゴのような階段を上がると4階。
6畳くらいの広さですが、応接室や校長室であったと言われているようです。
最後の階段を昇ると一番てっぺんの5階です。
5階は太鼓楼で、現在は1階で展示されている伝酒井の太鼓が置かれていたそうです。
児童の登校の合図や正午の時報として毎日打ち鳴らしていたようです。
5階から南方への眺め。下に見えるのは学校の駐車場です。
階段をトントンと降りてくると、1階は昇った階段とは違う下足箱前の階段を降りてきました。
校舎から出てきたら時刻は14時を回っていました。風は午前中より強さを増したようで、昼飯も食べていなかったので予定していたヤマハコミュニケーションプラザなどを諦め、帰ることにしました。
ヤマハコミュニケーションプラザは、入場無料ですが特定の土日に休館日があります。
原付免許を取得したばかりの頃、最初に手に入れたバイクはヤマハの50ccだったので、ぜひ一度は行ってみたいものです。
V650の地図を見ると何処を走っているか分からない場所を示していました。
記録を中止し、再計測を試みましたが現在地の狂いは復帰しません。一旦電源を落とし再起動。GPSを捕捉しているのを確認し再挑戦。今度は正しい現在地に載っています。
昨年末くらいからサイクリングの後半でGPSの異常が頻発しています。困ったものです。
帰路は追い風でしたが、横風に煽られこともあります。掛川駅前のお店でたい焼きを買って無事帰還できました。
迷走距離:43.52km Av:15.23km/h




























































